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【知財情報局】満了のお知らせ
2002年の開設依頼、約15年間運営させていただいた【知財情報局】は2016年末をもって更新を終了いたします。【知財情報局】は、『知的財産』という言葉すら普及していない2002年に、その啓発目的でスタートした情報サイトです。2016年の現在、『知的財産』という言葉はとても一般的となり、中小企業やベンチャー企業にとっても、当然のように戦略的に知財活動に取り組まれる環境になりました。知的財産に関する情報もインターネットの普及で比較的容易に収集できるようにになりました。従いまして、【知財情報局】も設立目的である啓発活動に関して一定の役割を全うできたと判断し、無事に満了とさせていただきます。
設立当初の予想を超え、ユーザー数2万/1日平均4万ページビューの情報サイトとなり、多くの方々に支えられました。これまでの多くの方のご支援に改めて感謝申し上げます。この感謝の気持ちをエネルギーとし、これからも形を変えて更にお役にたてるよう、私どもも様々な活動を実行させていただきます。/株式会社ブライナ

ノーベル物理学賞、青色LED開発の赤崎、天野、中村3氏に
技術】発信:2014/10/08(水)  

  スウェーデン王立科学アカデミーは10月7日、2014年のノーベル物理学賞を、実用的な青色発光ダイオード(LED)を開発した赤崎勇名城大教授(85)、天野浩名古屋大教授(54)、中村修二米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(60)の3名に授与すると発表した。

  日本人のノーベル賞受賞は、2012年の医学生理学賞の山中伸弥京都大教授から2年ぶりで、この受賞により、日本人受賞者は22人、物理学賞受賞者は10人となる。(中村氏は現在は米国籍だが、開発時は日本国籍)

  LEDは1960年代に赤や緑が開発されたが、光の三原色のうち青は素材の結晶作りが難航し「20世紀中は無理」と言われていた。青色発光を実現する半導体としては、窒化ガリウム(GaN)は早くから注目されていたが、きれいな結晶の実現が困難を極め、世界中の研究者が手を引いた。しかし、名古屋大教授だった赤崎氏は、当時、天野氏ととも、その結晶化に挑戦。実験を繰り返すことで結晶を作ることに成功。1989年、世界で初めて青色LEDを実現した。

  その後、日亜化学工業(徳島県)の技術者だった中村氏が窒化ガリウム結晶の大量生産技術を1990年に独力で開発し、同社は1993年に青色LEDを製品化した。中村氏は青色半導体レーザーも開発し、同社が製品化している。

  青色LEDの実用化により、LEDは赤、緑とともに光の三原色がそろい用途が飛躍的に拡大。低消費電力で、長寿命の光源として、白熱電球や蛍光灯に代わる屋内照明、自動車のヘッドランプ、信号機、携帯電話などのディスプレーなどに広く利用されている。

  青色LEDをめぐっては、過去、特許をめぐる係争も話題となり、その中でも、中村氏と日亜化学工業の間の職務発明対価訴訟は注目を集めた。この訴訟は中村氏が2001年8月、窒化ガリウム結晶膜の成長法の発明の対価が不十分として日亜を提訴したもので、一審の東京地裁判決は2004年1月、日亜に中村氏の請求どおり約200億円の対価支払いを命じた。しかし、2審の東京高裁は2004年12月、大幅に減額した約6億円で和解を勧告。中村氏は最高裁に上告して争う意思をみせたが、結局、升永弁護士の説得で、和解を受託している。

  また、名古屋大学の赤崎氏、天野氏らと青色LEDの共同開発を進めた豊田合成と日亜化学工業の2つの企業の間でも激しい特許係争があったが、こちらも2002年にすべての訴訟を取下げ和解している。



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